村上春樹『騎士団長殺し』から

村上春樹『騎士団長殺し』に想うこと

石井花梨さんより

2017年2月に新潮社から発売された、村上春樹著『騎士団長殺し』。第1部「顕れるイデア編」と第2部「遷ろうメタファー編」の二部構成です。

去る妻、井戸、悟り系の少女等、村上春樹がこれまで他の作品の中で、構築し、練り上げてきたテーマが反復されていることも特徴的な作品です。

妻に去られた画家である主人公の男性が、喪失を抱え東北地方を放浪した後に、小田原のアトリエの管理を任されて生活するようになります。

そこへ訪れる不思議な来訪者、奇妙な出来事。徐々に世界が歪んで、暗い淵への扉が開き、そこに複数の人の思惑や執念が交錯していきます。

第二次世界大戦、オペラ『ドン・ジョバンニ』、東日本大震災等の歴史やモチーフを介在しながら、主人公が赦しと再生へ向かうストーリーです。

村上春樹の小説は、読み手の主観によって、捉え方がまるで変わる傾向がある、とよく言われています。

読み手が欲しいもの、見たいものに勝手に引きよせて、如何様にも解釈できてしまうのです。

それは、村上春樹が、そう読めるように仕組んで書いているから……『騎士団長殺し』は、特にその感じが強い作品であると思いました。

私が村上春樹ファンになったのは、クリスチャンになるずっと前のことです。

若い頃から村上作品をあびるように読んでいましたので、今でもその非クリスチャン的な視点で読者となることもできます。

ただ、今は同じ展開を読むのにもしても、それまでとはまた違った、クリスチャン的視点でも読めてくるので不思議です。

タイトルになっている『騎士団長殺し』の光景は、作中で再現されます。

“騎士団長”は物事の「イデア」が姿をまとって登場するキャラクターですが、この“騎士団長”が殺され血が流れる、そんなショッキングな場面が、主人公を自身の魂の奥の奥(メタファー通路)へ踏み込ませ、長い試練の描写へ紡がれていきます。

その一連の場面から、私はイエス様が十字架にかけられたこと、そのことが私たちを生かしてくださっていることを想起させられました。

また、主人公の(元)妻は、離婚協議中に妊娠します。その出来事について描かれている部分はいろいろあるのですが、生物学的にはおそらく浮気相手の子ども、と考えられるところです。

しかし、最終的に(元)妻と関係修復を図る主人公は、その誰の子どもがわからない子どもを、自分の子どもとして愛情を注いで養育していくようになります。

その関係に、結婚前に身ごもったマリアを受け入れたヨセフを見るような想いもするのです。

人の魂の奥の奥に重層低音のように流れる“物語”は、時代、人種、性別、宗教、文化を超えて通じているものがあるのではないか、いやあるはずだ、というのが、村上春樹のスタンスだと私は考えています。

その物語がさまざまに形をかえて表現され、共有され、現実の辛い出来事や、判断に迷う出来事に直面したときに人を導き、支えるのではないか。

ただ、現代に起きる暴力の構造は、その“物語”の存在をないがしろにし、またないがしろにされて失っていることに気づいていない人が多いのではないか、というのが、村上春樹の小説家としての警鐘なのではないか、と。

現実に起きる困難を前に恐れおののいてしまう自分。信じられるものは何なのか、いつも見失ってしまう自分。

私は、こうして魂の奥の奥の“物語”について呼びかけられ、クリスチャンとしての自分に立ち返るように促されるようにして、困難に向き合う勇気を、ひとりではないという強さを備えてくださっている神様に感謝するのです。

Merryy Christmas

《編集スタッフより》 2018年 ラジオ番組の「村上RADIO」でクリスマス・ソング特集がありました。その番組の中で、僕の素朴な疑問、「空気が読めない」って英語で何というかという疑問に対して、 ある日ニューヨーク・タイムズ日本語版で「 read the room 」という訳語をみつけて、積年の疑問がすっと消えたという事が語られました。 『騎士団長殺し』の物語は、夫婦が一緒に住む部屋の中で、二人がそれぞれ空気が読めなくなってしまっていることが描かれています。この物語に描かれている夫婦の関係と、イエス・キリストの十字架と復活の救い、そこからの神さまからの愛を 聖書を通じて人生を味わい、実感すると、今まで読めなかった夫婦の空気もお互いがわかってきて、夫婦ならではの空気と愛の大切さを知る事ができるのでは と思いました。困難な時に読んでも心があたたたかくなる作品です。

「私は時間を味方につけなければならない。」

I would need time to get to that point. I would have to have time to my side.

時間を与えてくださった創造主に感謝します。村上春樹さんの小説を通して生きることの喜びを時間の中で知っていくことができますように。

May the miracle of Christmas fill your heart with warmth and love. Merry Christmas!